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 ←その94『三○○ その5』 →その95『カザムの夜』
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星芽寮交響曲

20話『あますず祭り・第一夜』

 ←その94『三○○ その5』 →その95『カザムの夜』
8月12日 夕方

 

「う~ん、今日も疲れたわぁ」
今日も一日働いて‥身体に疲れが溜まっているんだろう。
ボクはぐーっと身体を伸ばしながら‥いつもの帰り道を帰っていた。
ウィンダス連邦、その水の区にある、目の院がボクの勤務先で。
そこからまっすぐ‥居住区にある寮に向かって、テクテクと歩いて行く。
目の院から、雑貨屋の前を通り、大きな橋を抜けて‥居住区へ。
いつもと同じ、何の変哲もない帰り道。
‥でも、今日は‥そうだ、少しだけいつもと違うんだ。
目の院を出た辺りから‥いや、出る前からも、うっすらと聞こえてくる音。
どこからか聞こえてくる‥祭り囃子、太鼓の音が、どうにも心を騒がせる。
そう‥今日は8月12日、いよいよ今日から‥あますず祭りが始まる。
ボクにとっては初めて体験する「あますず祭り」‥それがどんなものなのか、とっても楽しみなんだ。

あますず祭り‥正確には「天涼祭り」と書くらしい。
その名の通り、夏の日の、暑い最中に‥
賑やかな祭り囃子に合わせ、陽気に楽しくみんなで踊ることで、「天」から「涼」風を招き、
涼しさを呼び込もう‥というのが名前の発端らしい。
流石に水晶大戦前後の時代は開かれていなかったものの、古くから伝わるお祭りだそうだ。
‥とまぁ、これは全てピノの受け売りだけど、なんていうのか‥
そういう長い時代に渡り、続けられてきた伝統って‥ボクは好きだ。
‥ボクの育った田舎でも、よく似た夏祭りがあった。
あますず祭りのような、深い意味を持ったものではなく‥歴史だってそんなにないけれど。
それでも‥どこかその雰囲気を思い出させてくれる様な、そんな‥。
‥ふふ、フリストじゃないけど、ボクもホームシックなのかもしれない。
それに‥あますず祭りがどんなものなのか、それさえも分かっていないのに。

帰り道の途中、水の区の広場が自然と目に入る。
‥まだ、設営を終えていない屋台が多いけど‥ちらほらと商品を並べている屋台もある。
そんな様子を眺めていると、やっぱり心が弾むというか、参加したくなると言うか‥
うーん、どうしようか。
みんなと一緒に遊びに行く約束は明日だけど、だからと言って今日参加してはいけない、なんて訳は無い。
一旦寮に帰り、ササッとお風呂や食事を済ませて、お祭りに行ってみようか。
お祭りの空気くらいは味わってみたい、っていう気持ちはあるし。
ただ、出来るならば‥それに加えて。
なんとなく、誰かと一緒に行きたいな‥という気持ちもある。
‥誰か‥誰か。
真っ先に頭の中で思い浮かんだのは、ピノだけど‥
‥ピノは今日、仕事が終わるなり慌てて目の院から出て行ってしまった。
なんでも今日中に行かなければいけない所があるとかで‥しかも森の区まで行かなければならないんだとか。
そんな忙しそうなピノだ、「お祭りに行こう」とは誘えないだろう。
いや、それ以前にもう、ピノが今どこに居るのかさえもわからないし。
さて、そうなると‥と、考えを巡らすボクだったけど‥
ふと、視界の中に見知った顔を見かけて‥考えを中断させる。
雑貨屋の先にある、居住区へと続く大きな橋、そのたもとに‥
何かを考え込んでいるのだろう、そこでうつむいている様子のフリストが居たんだ。
「お、フリスト、今帰りなんか?」
こんな所で何をしてるんだろう?と思ったが‥フリストの勤める鼻の院も、ここウィンダス水の区にある。
きっと帰り道の途中なんだろう。
フリストはボクの声に気付いたのか、ぱっと顔を上げて‥そしてボクに手を振って見せた。
「あ、ディル!‥そのサ、良かったラ‥お祭り行かなイ?」
にこにこと微笑んだまま、ボクにそんな誘いをくれたフリスト。
丁度ボクも祭りに行こうと思っていたし、誘いを断る理由も無い。
「ああ、ええよ。いっぺん寮に戻って、それから‥」
「何言ってるノ。帰ってる時間なんて無いヨ。このまま行こうヨ」
一旦寮に帰ろう、と言うボクの言葉を遮って‥更にはボクの手を掴み、広場の方へと向かおうとするフリスト。
少し強引だけど‥まぁ、それも良いかな。
ボクだって、聞こえてくる祭り囃子の音に‥ふふ、胸が高鳴っているんだ。
‥早くお祭りを見たい、って。

ボクは来た道を戻るようにして、水の区の広場へとやってきた。
‥とは言っても、ついさっき見た状況から、あまり変化は無くて。
まだまだお店のほとんどが準備中‥の様だった。
「ン~、まだ屋台は開いてないネ」
フリストもその光景を見て、残念そうな声を出している‥。
きっと期待していたのだろう、落胆の度合いが大きい様にも見える。
「せやな、まだちょっと時間が早いみたいやな」
ボクもそう答えたものの‥次の言葉が思い浮かばない。
これからどうすればいいだろう‥流石にどこかに座り、ぼーっと待つ‥というのも何だろうし。
どこかに行って時間を潰すか、それとも誰かに会って、話でも‥ん?
そうだ、その両方を解決できる方法がある。
「なぁ、フリスト。祭りの開始まで、まだ時間があるやろし、ユランの店の方を見に行かんか?」
そう、ユランの勤めているお店だって、今日は特別営業中のハズだ。
銀河祭でも盛況だった‥ユランのお店。
今回も確か、参加する予定だったハズだし‥となると、どんな様子なのか見に行くのも良いだろう。
新作のスィーツがでているかもしれない‥甘いものが苦手なボクはともかくとしても、フリストなら喜ぶだろうし。
‥邪魔になる様なら、早々に退散すれば良いことだ。
「うン!いいネ、行こウ!」
ボクの考えに、フリストも乗り気みたいで。
ボク達はユランの勤めるお店へと行くことにしたんだ‥けど、その前に。
「ん‥なぁ、フリスト、ちょっとええか?」
早速歩き出そうとしたフリストを、呼び止めるように‥ボクは声を掛ける。
‥乗り気の所、悪いけど‥とでも言う様に。
ボクの言葉にフリストは振り向くと、不思議そうに「なニ?」と言って首をかしげる。
‥いや、改めて言うまでも無い事なんだけれど‥。
‥その、自然と言えば自然な事なんだけれど‥。
‥やっぱり言っておこう。
「あの‥さ、勿論ボクもお店に行くし、その‥手を繋ぐのは止めへんか?」
そうなんだ、さっきフリストと出会ってから‥ここ、広場まで手を引っ張られて。
到着した後も、フリストはぎゅっとボクの手を握ったままだったんだ。
フリストは多分、祭りに夢中だったんだろう‥手を繋いでいる事も忘れて、屋台を見ていたって所だろうか。
とはいえ、流石にこのまま手を繋いでいて、誰か知っている人にでも会ったら‥ヘンな誤解をされかねない。
‥‥なんて思うのは、ピノの一件があったからだろうか?‥いや、違う‥‥と思う‥‥多分。
とにかく、そんな訳でボクはフリストに「手を繋ぐのは止めよう」って言ったんだけど‥
フリストはしばらくきょとん、とした表情をしていて。
でも、一瞬置いてすぐに気付いた様だった。
フリストはボクの手から慌てて手を離すと、顔を赤くして‥謝り始めたんだ。
「あ、ご、ごめン!その‥オ、オイラ‥‥そう、お祭りに夢中になっちゃってテ‥」
うつむきがちに、そして恥ずかしそうに話しているフリスト‥
その様子を見ると、手を繋いでいたのは‥やはり無意識の内にしていた事だったんだろう。
まぁ、ボクだって責めようとしている訳じゃあないし、怒っている訳でも無い。
「いや、ええんや。ヘンに誤解されたらあかんさかいにな。とにかく、ユランの店に行こ?」
全然怒ってない、という意味合いを込めて‥ボクはなるべく笑って見せると‥
フリストにそう言って、改めてユランの店に向けて歩き始めたんだ。

「‥ん?お休み‥か?」
ユランの勤めているお店‥その入り口の前に立ったボクは、そんな言葉を漏らした。
お休みか‥と思った理由、それは‥まぁ、至って簡単な事からだ。
入り口の扉は、鍵が掛けられていて‥窓越しに見える店内も暗い。
どうみても営業している様子じゃないから‥だ。
でも‥でも、確かにユランは言っていたんだ。
‥お祭りにも、お店として参加する、って。
それなのにお休みっていうのは‥
「どうしてなんダ?お店、お休みっテ‥」
フリストも、きっとボクと同じ事を考えているんだろう‥不思議そうに首をかしげている。
うーん、分からない、一体どうして‥
思い悩み、そして首をかしげるボク達二人だったけど‥
勿論答えが沸いて出てくる訳も無かった。
そんな悩み続けるボク達に、突如‥見知った声が聞こえてきたんだ。
「‥あれ?ディルにフリスト‥どうしたの?」
その声のした方を見ると‥ああ、やっぱり‥そこにはユランが居て。
どうやら店の裏口‥か何かだろうか、そこから出てきたばかりの様だった。
手には何やら沢山の荷物を持っていて‥いや、その前に。
そうだ、ボク達には聞く事があるんだ。
「ユラン!‥いや、それはこっちの台詞やわ。お店がお休みって一体‥どうしたんや?」
「あ、うん、そうだよ。こっちはお休み‥あっちがあるからね」
ボクの質問にも、まるで答えになってない様な答えを返すユラン。
‥いや、ボクが理解できていないだけか‥?
うーん、あっちがあるから‥?
あっちというのは‥何だろう。
「あっチ?」
フリストもボク同様、今ひとつピンと来ないんだろう。
そう言って再び首をかしげている。
「うん、広場の方に、屋台があるからね」
「屋台‥」
そんなユランの説明を聞いて‥ボクの頭の中で、何かがおぼろげに浮かび上がってくる。
お店は休み‥広場に屋台がある‥という事は‥!
「そうだよ、あますず祭りの時は、屋台を出して‥って、言って無かったっけ?」
今ひとつ理解が悪いボク達にも、ユランは嫌な顔一つしないで、むしろ笑顔で答えてくれる。
そんなユランの‥この言葉を聞いて。
ボクはようやく分かったんだ‥いや、思い出した、と言うべきか。
思い起こせば、先週末に‥確かユランは言っていたんだ。
(三日間、お店の屋台があるから‥)
そうだ‥確か、丁度ユランの都合を聞いている時だったっけ。
「‥‥そう言や‥‥言ってた様な気がするなぁ‥いやぁ、忘れてたなぁ」
「そう言えバ、そうだったネ‥」
フリストもボク同様、思い出したようで‥何とも言えない様な表情をしている‥。
いや、それにしても‥ここでこうして、ユランと会えて良かった。
もし会えなかったら、これからボク達はどうしていたことか。
「ふふ、何か勘違いがあったのかな」
少し落ち込みがちのボク達を見て、ユランはふふっ、と微笑んでいたけど‥
何かを思いだしたように、その表情を変えたんだ。
「‥おっと、とりあえずぼくは屋台の方に行くね。準備が忙しくて‥」
‥そうだった、ユランは両手に荷物を持っていて、丁度広場の屋台に持っていく所だったんだろう。
見たところ、忙しそうだし‥悪い事をしたかな。
「お、それやったら手伝おか?」
「え?い、いや、流石に部外者に手伝って貰うのは‥」
ボクとしては自然の申し出をしたつもり‥だったけど。
ユランはびっくりしたような声を出して‥そんなに意外だったかな?
まぁ、それでも‥
「ふふ、いつも美味しいスィーツを貰ってるんだかラ、気にしないでヨ」
なんていう、フリストの言葉も加わったから、だろうか。
ユランは‥ふふ、申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな‥そんな複雑な顔をして、こう言ったんだ。
「それじゃあ‥ごめん、お言葉に甘えちゃおうかな。よかったら、これと‥えっと、それから‥」
ボク達の申し出を受ける気になってくれたんだろう。
これとこれを運んで、と‥ボク達に指示を飛ばして。
ボク達は言われるとおり、荷物を運び始めたんだ。

「ふゥ~、これで終わリ‥‥かナ?」
ボク達三人が、広場まで何往復かして‥ようやく荷物運びが片付いた。
そうそう、道すがらユランが教えてくれた事だけど‥
なんでも、材料の仕入れの段階でトラブルがあったとかで、作業工程に相応の遅れが出ているらしい。
商品の作成がフルピッチで行われている中、屋台の設営や商品の搬入なども予定通り行わなければならず‥
ユランと若干名しか後者の作業ができなかった為、忙しかったんだとか。
「うん‥二人共ありがとう。屋台の設置も終わったし、商品の搬入も‥可能な限り出来たし」
終わった後の、ユランの嬉しそうな顔といったら‥本当に手伝って良かった、と思ったよ。
‥お店から屋台まで、運ぶ量も相当なものだったし。
ともあれ、これでユランも一息付けるだろう。
「‥さて、ボクは厨房の方へ行ってくるね。二人は‥うん、後でご馳走するから、また寄ってよ」
「って、ユラン、これから厨房か!」
他の従業員さん達は、屋台の所で座って居たりして、くつろいでいたから。
てっきりユランも、しばらくはゆったりとできる‥かと思いきや。
これから更に厨房に戻って、スィーツ作成の手伝いをするのか‥いや、そうだ。
ユランは努力家で‥勉強や研究に余念がないのは分かっている事だ。
‥ふふ、ピノやユランからも良く聞くし‥それに、話をしていれば多少なりと分かる。
ともかく、ユランならこの状況で‥スィーツ作成の手伝いに行くのは「当たり前の事」か。
「大事なお祭りだしね。それに‥ふふ、ぼく自身の勉強になることだし」
いつも前向きに考えて‥夢に向けて努力するユラン‥か。
きっと‥きっといつか、その努力は実るはずだ。
だから‥
「うん‥頑張るんやで、ユラン!」
「頑張っテ!ユラン」
ボクもフリストも‥ユランに対して応援の言葉を投げて。
ユランはそれを受けて‥お店の方へと走っていったんだ。
‥努力‥夢‥か。
うん、きっと‥‥きっと。
「‥ディル、ほら、見テ‥‥結構屋台ができあがってるヨ」
感傷に浸っていたボクに、フリストがそんな声を掛けてくる。
ボク達が荷物運びを手伝っている間に、フリストの言う通り‥他の屋台もほぼ、準備が終わりつつあるみたいだ。
屋台では、色々な食べ物や、小物を売り始めたり‥あるいはゲームの準備が整っていたり。
‥本格的な「お祭り」の「屋台通り」らしくなってきたみたいだ。
「せやな‥うん、ホンマの『お祭り』やな」
なんて言えば良いんだろう。
銀河祭と同じ様な‥屋台が立ち並ぶ、水の区の広場。
でも、雰囲気は‥銀河祭の時とは大きく違う。
‥あの頃よりも暑く感じる空気。
‥祭りを楽しむ人々の熱気。
‥自然と耳に入ってくる、祭り囃子の音。
そんな様々な要因が積み重なって、「あますず祭り」独特の雰囲気を出しているんだろうか。
風情を楽しむ「銀河祭」に対して、賑やかさや、活気を楽しむ「あますず祭り」‥そんなイメージが、ボクの中にはある。
そうだ‥もう少し夜が更ければ行われるイベントがあるんだ。
イベントというのは、森の区で行われる「納涼踊り」で‥楽しく陽気に皆が踊り、天から涼しさを呼び込む‥
そういう意味ではこの「あますず祭り」も、風情のある祭りなんだろう。
「ディル、折角だからサ‥ちょこっとだケ、屋台まわっていこうヨ」
ぼーっと屋台を眺めていたボクに‥フリストはそう言ってボクの顔を覗き込んでくる。
‥まるで親に何かをねだる、子供の様に‥ふふ。
「夕食もまだやし、あんまり食べたらあかんで。‥明日も明後日もお祭りはあるんやし、お金を使うのはほどほどにな」
ボクはそう言いながらも‥フリストと共に屋台を見て回りはじめた。
‥しかし‥惜しむらくは‥あれか。
すれ違う人々が、こぞって着ている「浴衣」。
その浴衣を見る度に‥ボクも浴衣を用意しておけば良かったと、切に思う。
銀河祭の時も思った事だけど、やはりこういう「お祭り」に参加するなら、浴衣を着たい‥。
ボクも浴衣を持ってはいるが、故郷に置いてきたきりだし‥今回のお祭りでは着られそうにないな。
それだけが‥実に残念だ。


自分で「ほどほどに」なんて言っていたものの‥
気がつけばボク達は、じっくりゆっくりと‥各屋台を回っていた。
‥お金に関しては、ほどほどに使う程度だったけれど。
色々な屋台を見て回り、「これは美味しそうだ」「あれは面白そうだ」と、二人で品評して回ったんだ。
気がつけばもう、夜のとばりは降りていて‥空はもう暗い。
でも、広場は屋台の灯りのお陰で、まるで昼間の様に明るい。
‥それがまた、神秘的に感じられて‥うん、やっぱり良いな。
屋台もたっぷりと楽しんだし、あとは‥この「あますず祭り」の目玉の一つ、「納涼踊り」を見たいけれど‥
フリストと話し合って、流石にそれは明日、みんなと一緒に見る事にしたんだ。
ボク達だけ、楽しいこと全てを味わう‥っていうのもズルい様な気がしてね。
ともあれ‥ボクもフリストも、ほどほどに食べて‥遊んで‥そして。
ボクが「そろそろ帰ろうか」と思い始めた頃。
そんな時‥正に丁度良いタイミングで、フリストから一つ、提案があったんだ。
「ディル、そろそろユランのお店に行かなイ?」
フリストの言葉に、思わず心の中で「あっ!」と声を上げたボク。
そうだった‥ユランに「後で寄って」と言われていたんだった。
‥それを忘れてしまうとは‥どうやらボクも、フリストに負けない位、お祭りに夢中になっていたようだ。
ともかく‥そんな驚いた様子をフリストには見せずに。
平静を装って‥ボクはフリストに答えた。
「せやな、そろそろええ時間やろうし‥行こか」
「ふふ、とか何とか言っちゃっテ‥ディルってバ、忘れてたんじゃなイ?」
‥なるべく平静を装って答えたつもりやったけど、ボクの演技が下手だったのか‥
どうやらフリストにはお見通しだったみたいだ。
「ははっ、フリストにはお見通しやったか。やっぱり嘘はつけんなぁ」
「えへへ、なんとなく分かったんだヨ、なんとなク」
照れ隠しに頭を掻くボクに‥フリストも同じ様に頭を掻いて。
同じ様な行動を取ったボク達は、お互いを見て軽く笑う。
‥そんなボク達の笑顔は‥しかし、長くは続かなかったんだ。
そう‥ボク達の目の前に見えてきた、とある光景のせいで‥
「わッ!ディル、あの屋台なんだろウ‥?」
急にフリストが、驚いた様な‥不思議そうなそんな声を上げる。
ボクはフリストに言われるまま、その方向を見てみると‥ん?
「うん‥凄い人だかりやな‥あれは一体、何の屋台やろ‥って、フリスト、あの場所‥!」
前方にある、とある屋台に‥凄く多くの人だかりができているようだ。
でも‥確かあの場所は‥そうだ、確か‥
「‥ユランのお店の屋台カ!‥凄い混み具合だなァ」
そうだ‥ボク達がなんども荷物を運んだから、場所は分かってる。
その屋台の場所に‥とても沢山の人だかりができていて‥ボクは思わずあっけにとられてしまった。
ざっと‥10人‥いや20人‥もっと居るのかな?
しかも、一人減っては一人増えて‥と、人の数は一向に減りそうにもない。
ともあれ‥この様子だと、ユランも相当に忙しい事だろう。
じっくりと話をする、なんて事は出来そうにない‥と思う。
とはいえ、このまま帰ってしまうのも‥ユランに「後で寄って」と言われた事に反するし‥
となると‥
「こらぁ、ユランと話をしていく余裕は無さそうやな。‥横から声だけ掛けて帰ろか」
ボクの「声だけ掛けて帰る」という提案に‥フリストもうんうん、と頷いて。
ボク達は人混みをなんとか避けて‥横からフリストの屋台へと向かったんだ。
‥横入りと勘違いされないよう、気をつけながら進んで‥
ようやくユランの姿が確認できる位置まで来ると‥そこに見えたのは。
屋台の中で、必死にお客さんの相手をしながら‥それでもどこか楽しそうな、ユランの姿。
一生懸命で、それでいて笑顔を浮かべているその様子は‥うん、なんだか格好良いな。
ボクはなんとなく‥そんなユランをぼーっと見ていたんだけど‥
不思議とユランはボクの事に気づいた様だった。
決して近い位置じゃない‥角度的にも、視界に入りづらい位置に居るのに‥それでも。
喧噪の中、ユランは手を振ってくれて‥ボクもまた手を振り返して。
フリストも同様に手を振っていたみたいだ‥ともあれ、ボク達はそっと‥屋台の人混みから抜け出す事にしたんだ。
「‥ユラン、忙しそうだったネ。‥また明日、お話ししよウ」
「せやな。また明日‥ユランの武勇伝でも聞いたろな」
ボク達はそんな話をしながら‥ゆっくりと寮へ戻りはじめたんだ。
‥すると‥
「ディル!フリスト!」
後ろから声が聞こえてきて‥しかもその声に、ボクは思わず振り向いた。
だって、その声は‥
「ユラン!?や、屋台は大丈夫なノ?」
そうだ‥さっきまで忙しそうだったユランが、ボク達の所へ走ってきたんだから。
息を切らせながら、ボク達の元へやってきたユラン‥
その両手には、何か包み紙を二つ持っていて‥?
ユランはその包み紙を、それぞれボク達の方へ差し出しながら‥慌てた様子で話し始めた。
「少しくらいなら大丈夫。ちゃんと二人にお礼をしないといけないからね。
 そうそう、他のスタッフも、二人が手伝ってくれていたのは知ってるし『行っといで』って言ってくれたんだよ」
そう言って、にっこりと笑うユラン。
そんな、お礼なんて良いのに‥と、本来なら言う所だけど‥
‥ユランが忙しいのはこちらも承知だ、ヘンに遠慮して時間を取るのも悪いだろう。
「わざわざありがとう。ありがたく貰とくわ。‥ほら、ユランも屋台が忙しいやろ?早う戻ってやり」
「うんうン、そうだよユラン。ありがとうネ」
ボク達は早々にユランから包みを受け取ると、そう言ってユランを屋台の方へと見送ったんだ。
ユランも走って屋台へと戻っていって‥ふふ、慌ただしかったけれど、気持ちは充分、頂いたよ。
‥残されたボクとフリストは、互いに顔を見合わせて‥ふふっと笑って。
そして‥早速だけど、貰った包み紙を開いてみることにしたんだ。
ほどよい温かさが伝わってくる、包み紙‥その中には‥
「わァ‥美味しそうなリンゴだァ」
フリストはそんな嬉しそうな声を上げる‥が、勿論ただのリンゴじゃなくて。
「‥ああ‥焼きリンゴ‥かな?」
お祭りの屋台ではよくある‥と思う、焼きリンゴだ。
‥ボクの故郷で開かれていた、夏祭りでも‥勿論あったんだ。
なんだか‥なつかしいな。
「ン!美味しイ‥甘くテ、リンゴがホクホクしてテ‥すっごい美味しいヨ」
ふふ、ボクが感傷に浸っている間に‥フリストは早速食べ始めたようだ。
と、ボクも食べるとしよう‥歩くのに気をつけながら。
‥最も、ボクは甘いものが苦手だから、あんまりこういうのは‥
「ん‥‥これは‥うん、美味いな」
不思議と‥一口かじってみた印象がこれだった。
フリストは「甘い」と言っていたが、全然甘くない‥いや、多少は甘いが、ボクが気にならない程度だ。
それどころか‥そう、バターやスパイス‥シナモンが効いていて美味しい。
それに‥これは何だろう‥何かの果物を砕いたものがまぶしてあって‥所々感じる酸味が美味しい。
「これ‥リンゴの甘さの合間に、何かの果物が入ってるんやな‥いや、美味いわ」
ボクは素直にそう言ったんだけど‥そんなボクに、フリストは不思議な表情をしてみせる。
そして‥ボクの手にある焼きリンゴを覗き込むと‥驚く事を言ってきたんだ。
「‥エ?果物なんて入ってル?‥あ、オイラの貰ったのと少し違うみたいダ!」
フリストの言う「少し違う」が気になって、ボクはフリストの焼きリンゴを見てみる。
‥確かに、ボクのには掛かっている、ペースト状の果物が見えない。
もしかして‥と思い、フリストに「ちょっとごめんやで」と声を掛けると、ボクはそのひとかけらをつまんでみて‥
‥甘い‥すっごく‥甘い‥。
「これは‥ボクとフリスト、それぞれ別モンの焼きリンゴや‥味付けとか全然ちゃうわ」
ボクの言葉に、フリストもボクの焼きリンゴを少しつまんで‥「うわァ」なんて声を上げてる‥。
‥この味、フリストにはあんまりやったかな‥?
しかし、となると‥
「そうかァ。ユラン、わざわざオイラ達の好みに合わせテ、用意してくれたのかナ」
恐らく‥そういう事なんだろう。
しかも、味付けの仕方と言うよりも‥これだと製造過程の違いという方が正しい気がする。
となると‥
「‥もしかしたら、これは‥ユランが作ってくれたんかもしれへんな」
そうだ‥ユランがボク達の好みを考えて、それぞれ作ってくれたもの‥
そう考えるのが自然だと思ったんだ。
「という事ハ!‥ユランのスィーツ、初作品かナ!?」
ボクの言葉に、フリストは嬉しそうに言葉を返して‥ふふ。
「初かどうかはわからんけど、きっとユランが作ってくれたんやで。‥ホンマに嬉しいなぁ」
自分でも「初かどうかはわからない」とは言ったものの‥それでも「きっとそうだ」と思い込んで。
ボクはもう一度焼きリンゴを口に入れる。
ボクの好みに合った、甘すぎない美味しさが‥口の中に広がっていって。
ユランの‥友達の思いがこもった、美味しくて優しい味。
‥この味を味わったら‥分かる。
きっとユランは‥うん、立派なパティシエになってくれる。
そんな風に思いながら‥ボク達は寮への帰り道を歩いていたんだ。
‥焼きリンゴを食べつつ歩いていたから、転ばないように‥気をつけながら。


寮へと戻ってきたボク達は、それぞれ部屋へと戻った。
部屋にはヒーラの姿は無くて‥ボクはなんとなく、イスに腰掛けたんだ。
仕事を終えた後に、長い間歩いていた事もあって、足に疲れがきていたから‥っていうのもあるだろう。
で、一旦イスに腰掛けたのは良いけど、座った途端‥疲れと、そして‥
‥お腹が膨れている感覚が襲ってくる。
その理由は勿論、お祭りで色々と食べたから‥だろう。
当初はあまり食べないでおこうと思っていたけど‥想像以上に食べてしまったみたいだ。
これは‥夕食は食べない方がいいかもしれない。
‥いや、夕食を食べないでいると‥夜中にお腹が空くかもしれない。
それに、風呂に入ればお腹が空く‥かもしれないし。
そう考えたボクは、早速風呂場へと向かうことにしたんだ。

最近になって、風呂に入るのにも‥みんなそれぞれ「時間帯」があるのに気付いた。
勿論、寮が定めている「部屋毎の時間帯」じゃなくて。
個人それぞれが、生活リズムの中で入る「時間帯」っていうものだ。
今日はお祭りに行ったせいもあって、いつもボクが入る時間よりも遅めの時間‥
いつもなら食事も終えて、団らん室でおしゃべりをしているような‥それくらいの時間だ。
もしかしたら親しい人は居ないかもしれない‥そんな風に考え始めたボクだったけど‥
‥いやいや、前提としたら、みんなもお祭りに行っているかもしれない。
だとしたら普段の「時間帯」を当てはめても無駄だろう。
ともあれ‥そんな事を脱衣場で、服を脱ぎながら考えていて‥
そしていざ、浴室に入ってみると‥
‥うーん、人が少ないな。
洗い場に一人‥と、浴槽に一人。
‥湯気が濃くて、誰なのか分からないけど‥
とりあえずボクは、洗い場で身体を洗う事にしたんだ‥おっ。
ボクは洗い場のすぐ近くまで来て、ようやく‥そこに居た人物が誰なのかに気付いて。
そしてすぐに、声を掛けることにしたんだ。
「ピノ‥風呂に入っとったんか。この時間に珍しいな」
そう‥そこにいたのはピノだったんだ。
普段はボクと一緒くらい、つまりもっと早い時間に風呂に入ってるハズだけど‥
「あ、ディル。‥うん、思ったよりも帰りが遅くなっちゃってね」
そういえば、ピノはどこかに行くと言っていたっけ。
‥でも、どこに行くとまでは聞いてないなぁ‥どこに行ってたんだろう?
「ピノ、そういえば何処に行ってたんや?祭り‥とは違うんか?」
ボクは身体を洗いながらも、ピノにそう尋ねてみる。
‥でも当のピノは、というと‥
「ふふ、どこに行っていたかはナイショ。でもね、お祭りじゃないよ。
 ‥ディルもお風呂に入るの、遅いみたいだけど‥お祭りに行っていたの?」
笑いながら「ナイショ」って言われたら‥まぁ、無理に聞くのも何だし。
とりあえずは聞かないで、そっとしておこうか。
「ああ、帰り際にフリストに会うてな。祭りに行ってたんや」
「そう‥。っと、あますず祭りは楽しかった?風情ある、それでいて賑やかなお祭りでしょ?」
ボクの言葉に、きっとピノもお祭りに行きたかったんだろう‥最初は少しだけ沈んだ表情を見せたけど‥
すぐに笑顔になって、ボクに聞き返してくる。
風情のある、賑やかなお祭り‥うん、確かにその通りだ。
その通りだけど‥
「せやな。それはそうなんやけど‥強いて言うなら‥浴衣やなぁ」
「‥浴衣‥?」
ボクがぽつりと漏らした言葉に、ピノはそんな不思議そうな声を上げる。
っと、流石に「浴衣」だけじゃあ、意味は伝わらないだろう‥ちゃんと説明しないと。
「ああ、いやな、ボクも故郷から、浴衣持ってきたら良かったなぁ‥って思たんや。
 ‥やっぱり浴衣を着てた方がほら‥風情あるやろ?」
「‥うん、そうだね‥そうだよね、うん」
ボクの言葉に‥ピノも分かってくれたんやと思う。
嬉しそうに何度もうんうん、って頷いてくれて。
ふふ、ピノもやっぱり、浴衣とか風情のあるものが好きなのかもしれない。
あんなに嬉しそうな顔をするんだから。
でも、そんなピノの嬉しそうな顔も‥すぐに真面目な顔に変わって。
‥ん、一体どうしたんだろう?
「‥ね、ディル、明日のことなんだけど‥」
ピノは真面目な顔のままで‥突然話を変えてきた。
明日‥そうだ、明日みんなと一緒にお祭りを回る、といっていた件だ。
‥ピノはどうかしたんだろうか?
「うん、明日‥みんなでお祭りを回る、言う件やな。‥どないかしたんか?」
「あ、いや、そっちじゃなくて‥えっと、その前に。
 ‥あのね、お昼過ぎくらいに、ちょっと時間貰えるかな?」
ボクはてっきり、お祭りに行く事だと思っていたけど‥どうやら違ったみたいだ。
お昼過ぎかぁ‥まぁ別に予定はないし、大丈夫‥だな、うん。
「ああ、ええよ。特に予定も無いし‥何かするんか?他に誰か来るとか‥」
「ううん、違うの。ディルだけに用事があるんだ‥。明日、お昼御飯食べてから‥お願いね?」
ピノはそう言うと、話を打ち切ってしまって‥何の用事なのかも教えてはくれなかった。
ただ、少し恥ずかしそうな顔をしていて‥。
うーん、それにしても‥ボクだけに用事って‥一体何だろう?
はっきりとしない、少しだけモヤモヤとした気持ちを抱えながらも‥
ボクは身体を洗い続けていた。
‥まぁ、明日になれば分かることだ。
明日はみんなとあますず祭りにも行くし‥色々と楽しみだな。
でも、その前に‥。
湯船に浸かっても、一向に減らないお腹に‥
夕食をどうしようかと、悩むボクが居た‥。


 
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